一言モノモーション
「人に迷惑がかかるからやめなさい」「人様に迷惑をかけるな」
もう星の数ほど耳にしてきた言葉ではないだろうか。私も、あなたも。
けれど、私は迷惑を掛け合ってもいい関係に、近頃豊かさを感じていて。
今日は人にお世話になることの価値を伝えたい。
メインモノモーション
「お醤油を借り合う仲」ならぬ洗濯機を借りにいく仲
8年使った洗濯機が壊れた。
私は人口約3,000人の小さな町に引っ越してきた27歳社会人だ。
もちろん家族は近くにいないし、一番近いコインランドリーまで、車で片道30分かかる。
そこで、私は近所のおばあちゃんに洗濯機を貸してもらっている。
困っている、と話したらすぐに快く「うちの使って使って!」と言ってくれた。
一緒に食べるお菓子とコーヒーを持って、今日も洗濯機を借りに行く。
貸してくれているのは近所のおばあちゃんで、名前は律さんという。
血のつながりは全くない。本当にただ近くに住んでいるだけの、いわば他人だ。
たまたま私が働く施設で、律さんは管理員の仕事をしていて、たまたま「私ね、実は着付けの先生をしているの!あなたも習いにこない?」と誘ってもらったのがきっかけだった。「行きます!!」と即答して、週1回くらいのペースで、律さんの家に通いはじめて2年が経つ。
律さんという人
「80年生きたのに、まだまだ知らないことがたくさんあるわあ。若い人に任せきりにしないように、日々勉強しなくちゃあ、ね。」とカラリと笑う。目尻にできるシワがかわいい。
今年で78歳。いつも少し多く自分の年を言うところが、とってもキュートなおばあちゃんだ。国語辞典によると、「律」という漢字には「人として進むべき正しい道」という意味があるそうだ。いつも背筋をしゃんと伸ばして歩く。困っている人がいたら決して放っておかない。人の悪口は言わずにカラッと日々を過ごす。いつも新しいことに挑戦しながら、走り回るようにして暮らす。そんな律さんに、本当によく似合うぴったりな名前だと思う。
私は律さんに着物の着付けはもちろん、編み物や縫い物、畑仕事、料理まで本当にいろんなことを教わっていて、この2年でどれも本当に上手になった。上達したことにもちゃんと訳があるのだ。
「私でいいならどんどん迷惑をかけてね。私こそいつか迷惑をかけるのだから、そのときはよろしくね」という魔法の言葉。
私はよくリスに似ていると言われる。これは可愛らしく例えられているだけで、好奇心は大きいけれど、集中力がなくてキョロキョロしている人なのだ。仕事でも私生活でもどこか抜けている。
「何度同じことを言わせるんだ、迷惑なんだよ!」と叱られることが怖くて、常にメモをとりながら人の話を聞くことが習慣だった。
ちなみに実親は「お前は絶対にADHDで普通じゃない、教えているとイライラする」と言うので、母から料理や手芸を教わったことは、今までの人生で片手で足りるくらいの数しかなかった。
ところが律さんは私に「何度忘れても間違えても大丈夫。何度だって私が教えるから。私でいいならどんどん迷惑かけてね。私もなにかあったら助けてもらうんだから。」と言った。
実際に何度やってもうまくできなくても怒らなかった。「最初はできなくて当たり前、なんでもできちゃったら、教える必要なんてなくなっちゃうわあ」と笑って言う。今までどれだけこの魔法の言葉に救われただろう。
わからないと口にするハードルが低くなって、わからないことをそのままにすることが無くなったので、私はいろいろなことがどんどん上手になった。
そして、私にできることなら律さんになんでも協力したいし、役に立ちたいなあとたくさん考えるようになった。
もともと人と関わることって苦手だ。必要以上に人の顔を伺う癖があり、そのくせ上手に人付き合いができず、気疲れするのでひとりで過ごす方が気が楽だと思っていた。そんな私でもこんなに仲良くなった。迷惑をかけあってお世話になりあう経験で、人はこんなに変わることができる。
お世話になるとお返ししたい。そうして気持ちや行動が循環する。
今は相変わらず週に1回、律さんの家に通っては、薪ストーブにくべる薪を運んだり、大きな棚を移動させたり、電球交換のお手伝いをしている。律さんが得意なことは私がどんどんお世話になっていて、私が得意なことなら、どんどんお世話する。いつも二人でありがとうねえ、と言いながら暮らしている。
「人様に迷惑をかけないように」と日本人はよく言うけれど、お互いの関係性があれば、大抵のことは迷惑だと思わないし、むしろ頼ってもらえてうれしい、お返しできてよかった、と思うのではないだろうか。
私のこころ暮らしがこんなに豊かに変わったことから、今の日本に「時に迷惑をかけあって感謝しあう関係」の価値を提案したい。
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