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◆はじめに
リカレント教育という言葉を聞いたことはあるでしょうか?
初めて耳にするという人もいるかもしれませんが、簡単に言えばリカレント教育とは「学校を卒業して働き始めた後も、必要に応じて教育機関や社会人向け講座で学び直すこと」を指します。
個人の生活は言うまでもなく、日本経済全体にとっても良い影響を及ぼすことは間違いないリカレント教育ですが、日本の社会政策において、この考え方が十分に反映されているとは言い難いと筆者は考えています。
今回の記事では、日本政府はもっとリカレント教育に投資するべき、という立場から日本の現状と課題を踏まえて意見を述べていきたいと思います。
◆リカレント教育とは
社会に出た後も必要なタイミングで大学等の教育機関や公・民を問わず社会人向け講座で学び、様々な知識やスキルを習得するのがリカレント教育です。
リカレントというのは繰り返しや循環といった意味で、提唱者は経済学者のゴスタ・レーンとも政治家のオフロ・パルメとも言われていますが、いずれにせよ元々はスウェーデン発祥の考えであることは間違いありません。
1960年代にスウェーデン語で「オーテルコマンデ・ウートビルドニング(流れを変える教育)」という言葉が「リカレント・エデュケーション」と英語に翻訳され、OECD(経済協力開発機構)といった国際的な機関を通して先進諸国に広まった概念のようです。
リカレント教育と似た言葉に「生涯学習」というものがありますが、日本で一般に言われる生涯学習は趣味やスポーツも含む、暮らしの中の生きがいを目的にする側面が強く、ニュアンスは異なります。
一方のリカレント教育は、学んだことを仕事に生かして会社の成長や自分の出世・昇給・転職などのより具体的な目的を伴い、ビジネスでのメリットを主眼に置きます。資格取得や職業訓練などが代表的な例として挙げられるでしょう。
◆リカレント教育が注目される背景
リカレント教育の考え方が注目される背景には、社会の目まぐるしい変化が挙げられます。テクノロジー分野を中心に進歩と競争が激しくなっており、今ある職業でも近い将来には消えるものがあると言われています。今の知識やスキルが陳腐化し、通用しなくなるという不安が存在していることは間違いありません。
また、終身雇用の崩壊という側面もあります。例えば、2019年に世界的な自動車メーカーであるトヨタの社長が「終身雇用を守っていくのは、難しい局面に入ってきた」と発言するなど、「大手企業に入れば一生安泰」「企業が社員を養ってくれるから同じ会社に定年まで勤め上げる」という考え方は、もはや吹き飛んでしまいました。
さらにもう一つ日本においては、安倍政権時代に「人づくり革命」と称した人材に対する投資の重要性を謳った看板政策を打ち出したことも理由の一つでしょう。
しかし、実際に日本でリカレント教育の考え方が一般に浸透しているかと言われるとどうもそうではないように思います。もちろん名前くらいは聞いたことはあるし、新たな学びを得たいと思っているという人は多くいるかもしれませんが、現実に行動に移すという人は実感としては少ないような感覚を抱かざるを得ません。
日本で社会人の勉強といえば、所属企業の業務に役立つ独学・資格取得というイメージが強いですし、外部の教育を受けようと思えば費用もかさむので二の足を踏む人が多いです。
実感というレベルにおいて、日本はリカレント教育の考えが薄いというのがリアルだと言えそうです。
◆リカレント教育に関する国際比較
現在、ヨーロッパを中心として国際的に競争力の高い国ほどリカレント教育を推し進めています。日本は国際競争力、地位や影響力の低下といったことが叫ばれており、その現状を変えていくためにもリカレント教育の拡充は今や喫緊の課題と言えるでしょう。
OECDが2012年に実施した調査では各国の成人に「現在、何らかの学位や卒業資格の取得のために学習しているか」と尋ねており、30歳以上の成人が大学等の高等教育機関に通う割合はトップのフィンランドが8.27%に対し、18位の日本は1.6%です。トップのフィンランドと比べて1/5以下の通学率で最低クラスとなりました。
また、OECDは将来におけるスキル的な問題に対処する成人学習整備度を比較するダッシュボードを開発し、それに基づいた各国の比較では以下の図表のような結果が出ました。
国際的にはリカレント教育の考えは一般に浸透しており、終身雇用という考えの無い先進各国では、制度面での日本と比べてはるかに充実し、利用されています。
上記の表を見てみれば、日本は成人学習制度に対して十分な財源を持っていますが、それ以外の項目は軒並み平均以下、もしくは最低レベルとなっています。財源があったとしても、それを教育費に回さなかったり、制度運用を上手く行えていないことがはっきりと表れています。
◆リカレント教育に関する日本の現状
それでは、日本はリカレント教育に関して何をしているのか。その各種制度を簡単に確認しましょう。
日本政府においてリカレント教育に関係するのは主に厚生労働省・経済産業省・文部科学省の3つ。
各省の主な施策は以下の通りです。
- 厚生労働省
- 教育訓練給付金
- 高等職業訓練促進給付金
- キャリアコンサルティング
- 労働者が受講できる公的職業訓練(ハロートレーニング)
- 人材開発支援助成金
- 生産性向上支援訓練
- 企業内のキャリアコンサルティング(キャリアドッグ)
- 経済産業省
- 巣ごもりDXステップ講座情報ナビ
- 情報処理技術者試験・情報処理安全確保支援士試験
- 第四次産業革命スキル習得講座認定制度
- 文部科学省
- マナパス(社会人の学びのための情報を紹介)
上記の取り組みを見ていかがですか。正直こんなことをやっているなんて知らなかったという人が大半だと思います。
各省庁がそれぞれ施策を打ち出していますし、まったく何もしていないわけではありません。、将来の構想を毎年発表をするなど力を入れたいという意気込みもあるでしょう。
しかしリカレント教育の考えが普及しているとは言えませんし、一般の社会人・企業がこのような制度を利用して実際に取り組んでいるという事例は、特に個人のレベルではいまだ一般的とは言えないのが現状です。効果は限定的だと言えるでしょう。
◆リカレント教育の普及のためには
リカレント教育普及のためには個別の施策も重要ですが、それを周知して理解してもらうことも重要です。
一般的な社会人の実感では、政府が援助してくれているという感覚が薄いためリカレント教育について補助を受けるという考えは浮かびづらいですし、そうなると必然的に、新たに教育を受けることへ前向きに行動する人も少なくなってしまいます。
現状は、リカレント教育についての理解を浸透させることが課題と言えると思います。
つまり、広報活動や営業活動にも投資しようということです。
それでは、どんなことを中心に知らせていくべきなのか。
以下の図表を見てください。各ステークホルダーの認識ギャップを表しています。
授業料に対する認識だけでなく、学びの内容や学んだことに対する評価という面でも、大学・社会人・企業でそれぞれギャップが大きいです。
これらのギャップを埋めることこそが今求められているリカレント教育を普及するための政策だと筆者は提言します。
◆まとめ
「人生100年時代」と言われるように会社にしがみつくのではなく個人でスキルアップをしてキャリアを作っていくことは、もはや避けられない社会状況です。それは同時に「デジタル・ディスラプション」という言葉で表現されるようなテクノロジー分野を中心とした社会の急激な変化に対応して競争力を高めなければいけない企業にとっても、社員に対して求めていかざるを得ない時代と言えます。
今こそ政府は、この両者のニーズを満たして日本という国の国際的な競争力を高めていくために個別の施策のみならず、「リカレント教育」の普及にもっと真剣に資金と時間を投入して「人を育てる国」に日本を作っていかなければならないと思います。
◆参考
今回執筆記事では以下のサイトを参考にしています。
より深く学びたい人、今後の役に立てたい人はぜひご覧ください。
・「リカレント教育とは?注目される背景と社会人の学び直し例、支援制度」(GLOBIS CAREER NOTE記事)
https://mba.globis.ac.jp/careernote/1512.html
・澤野 由紀子「誰もがいつでも気軽に学べる スウェーデンのリカレント教育」
https://www.sentankyo.jp/articles/
・佐藤 厚「日本ではなぜリカレント教育が普及しないのか ―日本とスウェーデンの比較から」
http://cdgakkai.ws.hosei.ac.jp
・宮崎 翔太「日本におけるリカレント教育普及の課題 -東京大学公共政策大学院からの考察と政策的展望-」http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/
・「日本のリカレント教育は世界最低⁉スウェーデン、デンマーク、中国に学ぶ21世紀の人材戦略」(BBT大学記事)https://www.bbt757.com/business/article/
・舞田敏彦「日本の成人の「生涯学習」率は先進国で最低」
・FUTURE-READY ADULT LEARNING SYSTEMS「日本の成人学習制度はどの程度将来に備えているか?」
・(厚生労働省HPより)https://www.mhlw.go.jp/
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